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(本)性格に間違う人、漠然と正しい人 ~超整理日誌6~ /野口悠紀雄 (ダイヤモンド社)

正確に間違う人、漠然と正しい人―「超」整理日誌〈6〉

まわりくどい言い回しに引いてしまいそうなタイトルですが・・・。正しい人は正確に生きている。漠然と生きることは間違いを招きますよ。という暗黙知が立ち行かなくなってきている点を皮肉っているのでしょうか?

「視点」としては面白い斬り込みがありました。

「ねずみ捕りに関する一考察」より・・・

(前略) 一般に、行政の権力を強めるのは、このような状況である。法的な基準を日常的状況をはるかに越える厳しい水準に設定する。しかし、実際の運用上は、ほとんどの場合において、ほとんどの人を「お目こぼし」にする。お目こぼしを享受する人民は、これを「権力の温情」と感謝する。そして、権力側は、それが温情であることを忘れさせないために、時たま恣意的な取締りを行なう。それが「ねずみ捕り」である。

「暑さへの最高の対処法」より・・・

暑い!どうしようもなく暑い!無茶苦茶である。この暑さは異常であり、不条理である!もちろんこんなことをいくら書いたところで、暑さがおさまるわけではない。しかし被害者意識の共有はできる。暑さに関しては、これが意外と重要ではなかろうか?「暑いですね」という挨拶を交わす事自体が、その証拠である。新聞に「記録的猛暑!」という記事が出ていると、なんとなく満足する。死にそうに暑いと思った翌日の新聞に、暑さについての記事が何もないと、裏切られた気持ちになる。「昨日が暑かった」というのは、新しい情報ではなく、先刻承知のことなのだが、記事にないと、「被害者意識の共有」が出来ないので不満に思うのである。不思議なものだ。万人が先刻承知のことでも、報道が必要なのである。

「ゆとり教育が奪う教育を受ける権利」より・・・

(前略) 「ゆとり教育」がもたらす第二のものは、社会階級の固定化だ。私はこれこそが最も深刻な問題だと思う。アリやハチの社会における固体の役割は、生まれたときにすでに決まっている。兵隊アリは、死ぬまで兵隊であり、その役割から決して逃れることは出来ない。アリに限らず、人間以外のほとんどの動物は、先天的なものである。しかしこの点において、人間は決定的に違う。なぜなら、能力のほとんどは、学習と訓練によって獲得するものだからだ。(実際、他の動物と異なり、生まれたての人間は、ほとんど無能力である)。つまり、人間社会における固体の役割は、教育の成果によって決まるのである。もちろん、人間の誕生環境は平等ではない。金持ちの子供と貧乏人の子供の間には、大きな差がある。しかし、教育はそれを変える力を持っている。

(ちなみに第一は、将来の日本産業の競争力を維持する人材が枯渇する懸念。この点はあらゆる識者によりすでに指摘されているとおり。)

↓「超整理日記」 ~週刊ダイヤモンド連載~ ↓
http://www.noguchi.co.jp/essays/

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