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小林正観さん講演会

静岡市清水区にある「清水テルサ」で開催された、
「小林正観さん講演会」に、行ってきました。

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今日12月8日は2500年前にお釈迦様が悟りを開かれた日(成道会)であることから、講演のテーマは、

・・・・・『悟りについて』・・・・・

それにしても、ひょんなことから小林正観さんを知ったのが11月初旬のこと。正観さんのご著書を図書館でリクエストしたのが11月15日。どの本も5人待ち・6人待ちで未だに順番がまわってきませんが、興味のあることをあちらこちらで言いふらすと、本を貸してくれる人が現れるわ、こうやって、講演会のお誘いが舞い込むやら、事の展開の速さに驚くばかりです。

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ちなみに、
これが今日の案内ハガキ。
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http://www3.tokai.or.jp/ruuti/
↑今回の主催者である「斎藤サトル」さんのホームページ↑
仏絵の画家さんで、そのホンワカした画風のイメージ通り、ホンワカした雰囲気のやさしそうな方でした。

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受付で、入場者に無料で配られた
「斎藤サトル」さんのイラスト付きポストカード。












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入り口周辺では
正観さんのご著書が販売されていました。

今の僕にとっての「ホットな情報」、
トイレ掃除の本を購入し、
会場2列目のベストポジションもGET。








いよいよ講演も始まり、「一言も聞き漏らすまい」と、
この講演のために用意したノートを広げ、いざ講演会スタート・・・。

なんと、9割以上が、駄洒落・・・

それでも、そんなダジャレもふくめて、合間合間にちりばめられた、
ふか~いお話は全身の毛穴とチャクラを全開で聴きました。

というわけで、講演会の内容はというと、

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「生死感について」

日本語には、東洋思想独特の言葉があります。例えば、

「誕生」・・・生まれること、この世に生を受けること。
       「誕」の字は「仮」と言う意味でもあるようです。
       仮に「生」を受けている状態が「誕生」であると言う意味です。

「生前」・・・「生まれる前」ではありません。常識ですが、「死ぬ前」のことです。
       ではなぜ「死前」と言わないのか?
       言い換えると、生きている間のことを後から振り返ってこのように言います。

「往生」・・・「生に往く」と書きます。意味としては「死ぬこと」。
       「大往生」と言ったりもします。

これだけ見ても、日本語は不思議です。であるならば、そもそも「死」とは何なのか?肉体の姿は「仮」であるというわけです。つまり、我々の正体は実体を持たないのではないか?たとえば、タンスの角に「ゴン」と頭を打って倒れた人がその時点で死んでしまったとする。しかし、外から見ても、見掛けには何も変わらない。生きているときと見た目には変わらないのに、死ぬと肉体は三日で腐り始める。果たして、「生きている」と「死んでいる」との間に、どのような違いがあるのだろうか?

どうやら、そこに「命」という存在がある間は、肉体は動いていて腐らない。ところが、「命」がそこからなくなることにより、動かなくなり、やがて腐る。「体」に「命」が入っているときだけ私たちは動けて、そして腐らない。昔の日本人は、どうやら、そういったことを知っていて、日本語はつくづく良くできているのですが、

「体」はカラだ・・・

それはさておき、

①「誕生」・・・仮に「生」を受けている状態
  ↓
②「生前」・・・「死ぬ前」のこと
  ↓       
③「往生」・・・「生の世界に往く」

という、一連の流れをみると、

①暗いトンネル
  ↓
②青空の開けた景色
  ↓
①暗いトンネル
  ↓
②青空の開けた景色
  ↓

という風に走る電車に人間の「生死」を当てはめると肉体のある状態とは、トンネルか青空のどちらなのだろうか?といったときに、「トンネル」が「生」と言えるのです。それは、「食べないとならない」「呼吸しないとならない」「働かないとならない」・・・いろいろと制約だらけの状態であるわけです。

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「言葉や認識の威力」

ここで実験。左手首、腕時計をするあたりの5センチ四方くらいの部分にむかって「愛してる 大好き ありがとう」×10回言ってみる。すると・・・つねっても痛くない。どうやら、使う言葉を受けて、細胞が反応しているようだ。逆に、「死んでしまえ バカヤロウ」×10回言ってみてからつねると・・・痛い。

人の体はどうやら、認識や、使う言葉によって、性質を変えてゆくという事がわかってきた。催眠術なども、「本人が」そう思うからそうなるのであって、けして外的な刺激だけでそうなるのではない。

「暑い」→(認識)→汗をかく
「寒い」→(認識)→毛穴が閉じる

という流れになる。

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「病気やガンについて」

☆金輪際、風邪など引かなくなる方法とは・・・以下の4つのフレーズを言葉に出して、自分にむかって擦り込むとよい。

「私の体は調合金」
「風邪は引かない」
「病気はしない」
「私の体はサイボーグ」

先ほどの応用になりますが、人の体は認識によって変わるのです。さらに応用して、この言葉の「私」を「あなた」にかえて、隣の人同士で手をつないで言い合ってみると、隣の人から、笑顔で言われると、内臓の温度が1~2度上がったような温かさを感じることができる。「五臓六腑」というが、たとえば、心臓と脾臓の2つだけはガンにならないというのは、この2つが、常に血液という37度のぬるま湯に満たされているおかげで、ガンにならないのです。いつも内臓を温めていると、ガンにならないという事も解ってきているのです。さらにいうと、もっと重要な事は、「笑うこと」。笑うことでがん細胞が死滅していくことも最近の研究でわかってきていること。どうしても病気など、体が良くならない人は、笑ってみると良い。

「あなたの体は調合金」
「風邪は引かない」
「病気はしない」
「あなたの体はサイボーグ」

笑うということで、βエンドルフィンが出る。βエンドルフィンが出ることで、

①免疫力が向上する
②血液がサラサラになる
③痛みを感じなくなる(脳内モルヒネ)

という3つのご利益がある。

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「今一度、認識という事について」

「イタイ イタイ」というと痛くなるこれは「認識の問題」です。そもそも、「不幸」や「悲劇」といったものは存在しないのです。そういう風に受け止める、またはそう思う心がそこにあるだけなのです。たとえば、「病気」「事故」は、元々謙虚であった自分がいつのまにやら謙虚でなくなった時、元の謙虚な自分に戻る為に「自分で」シナリオを作っているのです。はたして「死」とは「不幸なのか?人は必ず死ぬのです。・・・ということは、不幸ではないのです。人間が死ぬという事は「不幸」ではありません。そう思うじ「自分」がそこにいるだけなのです。

ここで今一度、

①「誕生」・・・仮に「生」を受けている状態
  ↓
②「生前」・・・「死ぬ前」のこと
  ↓       
③「往生」・・・「生の世界に往く」

この流れを、ただ、たんたんと生きてゆくこと。「病気」「事故」などは考えなくても良いこと。
まして「死」などに思い煩わすものではない。よく「死が近い」などと、ネガティブな予言をする者がいるが、まったく信用する必要ない。そんなもの、4(し)が近いなど、「3.5→3.6→3.7→と行って、3.9(サンキュー)と言えたときが、それは4(し)ぬ時」なんて、そんな程度のものなんです。「今に心を入れてゆくこと」。昔の人は「念」の文字にそういった意味をこめたのです。「念を入れる」とは、今、この時を淡々と、生きてゆくことなのです。

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「いよいよ本題。悟りの話」

「悟る」ために、お釈迦様は難行苦行に耐えたわけですが、正観さん流にいうと、「3秒で悟りは得ることができる」と言います。悟りとは、100%を受け入れること。

①過去を受け入れ、
②今を受け入れ、
③未来を受け入れる

以上、3秒でおしまい♪

お釈迦様は、それを「悟り」と言ったのです。

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「最後に ~宇宙の法則~ とは・・・」

(そ)掃除(トイレなどの掃除)
(わ)笑い・笑顔
(か)感謝(「ありがとう」などの良い言葉)

それぞれの頭文字を取って、
「そわかの法則」という。

受け入れること
  ↓
同じような人が集まってきて、同じような人たちに囲まれる

「悟り」とは「受け入れること」

私は「私」で生きてゆく。他人をどうこうしようと思わない。それが、悟りなのだそうです。

  

↓「うたし会」ホームページ↓  
http://www.utashi.com/

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コメント

ちょっとお久しぶりです。
しかもちょっと前の記事にコメントしてしまってすいません。

いえね、あらためて不思議なシンクロを感じまして。
私も正観さんを知ったのは割りに最近なんです。
私の日記やブログを見た方がダライ・ラマだの村上先生だの
正観さんのお話と共通してるとコメントくださることが多くて。
もちろん内容は足元にも及びませんが、
それ以外にも正観さんにご縁の方と次々にお会いする機会がありまして。

私は10日の大阪の講演会に予約したのですが、
同日、それ以前に申し込んでた飯田史彦先生のチケットがとれたと
報告があり、残念ながら正観さんとはお会いできませんでした。

来月にでも、と思ってます。
こちらを読んでますます楽しみになりました♪

投稿: MANA | 2006年12月17日 (日) 21:50

MANAさん
いらっしゃいませ♪

「正観さん」って、どこから知ったんだろうと思って、今思い出そうとしたのですが、1~2ヶ月前のことながら思い出せません。
・・・というのも、「正観さん」を知って、それは僕にとってはじめての遭遇だったわけですが、今までのあらゆる伏線が爆発したように、縦に横にシンクロしあって、すでに相当昔から知っていたのではないか、と言う錯覚までしてきています。自分の中に入った「言葉」が正観さんのものだったのか、他の人のものだったのか、こういう感覚は説明しがたいのですが・・・。

「正観さん」は年間に300回以上の講演をされているようですし、アンテナを張っておけば、またすぐに機会があるのではないでしょうか?半分以上が「笑い」の講演会なので、「ツボ」に入らないとしらけて終わってしまう人もいるかもしれませんが、「ファン」の方が大爆笑してらっしゃるので、「踊らにゃ損損♪」とばかり乗ってしまうのが宜しいかと思います。(その辺は村上先生も同じかと思いますが・・)

僕の地元でも、清水の会場に行ったときには、このド田舎にもかかわらず超満員のお客様が詰め掛けていて驚きました。化粧品の説明や、ビジネスの話でもなく、純粋に「これからの時流」について、これだけの方が時間とお金を割いて詰め掛けているわけですから、世の中が変わっていく時なんだと思います。


投稿: ろば君 | 2006年12月18日 (月) 08:26

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