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(本)パン屋のお金とカジノのお金はどう違う?/子安美和子・廣田裕之(オーエス出版社)

パン屋のお金とカジノのお金はどう違う?―ミヒャエル・エンデの夢見た経済・社会

タイトルとしては、現代の経済を皮肉った内容のようにイメージしましたが、色々な気づきがありました。

ドイツの作児童文学作家であるミヒャエル・エンデは、「モモ」や「はてしない物語」(映画ネバーエンディングストーリーの原作)で知られていますが、経済システムの矛盾や、環境問題、意識の世界について、多くの著作や、活動をされていた方です。この本にもエンデの視点が、様々な形で紹介されています。

ふつう人間社会では物忘れといった事はあまり好まれず、ものごとをきちんと正確に覚えていることが大切にされていますが、エンデはここでも独自の意見を持っています。「忘れて変容した記憶が多ければ多いだけ人格が豊かになる」と忘れることを大いに評価し、「意識的に記憶している過去」にとどまらず、すっかり忘却の底に沈んでいるであろう過去が、それぞれの人間のなかで、かたちを変えつつ未来に反映してゆく」とまで語っています。忘れるというのはただ覚えていたことが消しゴムで消されるようになくなってしまうのではなく、ちょうど雨水が土に吸い込まれて草や木の命の源となるように、別のものになってゆくというわけなのですが、そう考えるとむしろ芸術作品の体験は心の奥底にしまっておいた方がいいとも言えます。

・・・考えてみると、意識で引き出せる「記憶」ほど不確かなものは無いわけで、しかし、人間のシステムの何らかの機能として、体験が消えてなくなることなく、蓄積されてゆくのでしょう。「忘れて変容する」とは、何とも味わい深いフレーズです。然るに現在のこの瞬間が過去の体験の投影であるのだろうと思います。

エンデは、地域通貨についてかなりの啓蒙活動をされていたようで、「地域通貨=商店街のスタンプカード」と思っていた僕にとって、ショッキングな内容でした。パン屋で僕らが支払う「お金」と、マネーゲームの世界で取引される「お金」が、エネルギー的にも別物であり、マネーゲームのツケが消費経済に反映する矛盾を説いています。「持続可能なシステム」としての通貨制度が地域通貨であり、マネーゲームのお金と、消費生活のお金を切り離すという発想が新鮮でした。

地域通貨については、以下のサイトがお薦めです。

↓「Webコンセプト会議」↓
http://eco.goo.ne.jp/education/eco_seminar/concept/14/top.html

↓「Miguelの雑学広場」↓
http://www3.plala.or.jp/mig/index-jp.html

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